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「あったけぇー…それに…いい匂い」
ぱしゃり。子供がはしゃぐように英利は湯船で足をばたつかせた。
途端、ふわりと濃くなるその香り。
「こういうの好きだよなあ、サイレンは」
ゆずを近所の奥さんにもらったと伝えたら、それはそれは目を輝かせてサイレンは「お風呂にいれましょう」と提案してきた。
なんでも一度、「ゆず風呂」なるものに入ってみたかったらしい。
それは冬至じゃ、と言おうかとも思ったが、せっかくたくさん貰ったので別にいいかと細かいことを指摘するのはやめて頷いたのだった。
一番風呂がいいとサイレンが頼みこんできたので、その意見を尊重して先を譲り、ニクスはまだ帰って来てなかったので二番風呂を現在いただいているというわけだ。
優しく香る柑橘系の匂いが肺の中まで暖めてくれているようで、心地がいい。
「ニクスも早く帰ってくればいいのに」
なんにも考えずに、思いついた言葉が口をついて出ていた。




「…?」
靴を脱ぎながらニクスは顔をしかめた。
なんだ、このやたら部屋の中に充満している柑橘系の匂いは。
「あ、おかえりニクス」
髪を拭きながら英利が近寄ってきた。恋人が近づいたことによって眉間に寄っていた皺はさっさと消え、一気に機嫌を直しながらニクスは上着を脱いだ。
「おう。…ん?」
ぐい、と。
突然引き寄せられて英利は首を傾げた。
「?」
英利のまだ湿っている髪に顔を埋める。さきほど感じた、柑橘の匂いが鼻先を掠めた。
「お前か原因は」
「へ?…ああ、もしかしてゆずのことか」
「そうかこれはゆずの匂いか…」
「俺がゆずを近所の人に貰ったって言ったらサイレンがな、風呂に入れたいって言って」
だから入ったんだと。
その言葉にぴくりと、ニクスが反応した。
「…つーことはサイレンもお前と同じ匂いさせてるわけか…」
気に入らない。
まるで抱かれて匂いが移ったようじゃあないか。
「そうだな」
「気にいらねー」
なにが、と英利が聞く前に。
突然、腰を掴まれて。そのまま肩へ担がれてしまった。
「う、わあっ?」
「もっかい俺と入れ」
「はあ?俺いま上がったばっかりなんだけど」
「ゆずの匂いだけっつうのが気にいらねえ。俺の匂いもつけさせてやる」
「…はあ…?」
サイレンと英利が同じ匂いを纏っているのが許せなかったらしく。ゆずの香りの上書きで、ニクスは英利に自分の匂いを移すことにしたらしい。
それがさりげない嫉妬だと気づけないくらい、英利は鈍感だった。
また入ったらのぼせそうだな、なんてことを考えられるくらいに。
とりあえず、今はまだ余裕があるようだ。

次に風呂から出たとき、どんな香りを纏っていたのかは…その場にいた本人たち以外、わからない。








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