主に真選組。
土方に呼ばれた現場に来てみれば、指名手配となっていた攘夷志士、しかもなかなか名の売れている奴らばかりが身体中真っ赤に染めて、絶命もしくは重傷を負っていた。なるほど俺たちを呼び出したのはこのためかと処理班の面々は口にする。命令をその場で下した後、現場でせっせと働く部下達をよそに沖田は壁に寄りかかっていた。先ほど道の向こうにチラと見えた土方の姿が見えない。呼び出したくせにどこ行きやがったんでィあの野郎。そんな呟きは誰にも聞かれること無く。ぼんやり見上げた空はこんな作業の日に相応しくないほど澄み渡っていた。
「あ~マジでどこ行ったんですかねィ。もう寝ちまうか」
思わず出かけた欠伸を噛み殺して、アイマスクでも付けるかと懐に手を差し込もうとしたとき、横の路地裏から黒髪が出てくるのが見えた。こんなところに入ってくる黒髪の輩なんて副長殿しかいないだろうと声をかけようとして、沖田は口を開き文句の一つでも言ってやろうとする。
「お、土方この野郎どこ行っ…て…」
思わず言葉が止まってしまったのはその身が真っ赤に染まっていたから、だけではなく。腕に抱えた銀髪に見覚えがあったからでもあった。元々白かったはずの着物はその色が無くなるほど真っ赤に染まっていて、頬もかしこも血がへばりついて、もう乾いてきている。いつも木刀を振るう腕は傷だらけ、力なく重力に従って垂れている。当の木刀は土方が握り締めていた。こちらも真っ赤ではあるが。おそらくはもうここにないであろう魂が抜け落ちた、残骸。亡骸であることは明確だった。そして土方も格好もあまりに酷すぎて。頬、唇、手、そして服。こちらも身体中真っ赤だった。いつも咥えている煙草は無く、一つだけ銀時と違うのはちゃんと自分の足で立っているということだろうか。はたから見れば、まるで土方が銀時を殺したかのようで。思わず作業中の隊士達まで手を止める。
「…総悟か」
酷い顔をした土方は、外の眩しさに一瞬目を細めた後、沖田を捕らえて漸く一言発する。沖田は我に帰って土方に詰め寄った。
「アンタ、何、それ」
何が聞きたいのか、言いたいのか当の本人にも分からない。ただ、この人が銀時を殺さないことだけは分かっていた。だからこそ刀を抜かなかった。土方は腕に抱いた亡骸の頬を一度撫ぜると、嬉しそうに一言「銀時だ」とだけ言った。
「わかってます。そうじゃなくて、」
「そこに転がってる馬鹿共だ」
目の前の志士たちを指差すと、土方は一番近くに止まっていたパトカーにずんずん歩いて行ってしまう。ついでに適当な死にかけの男を思い切り靴で踏みつけながら。ぐぇっ、ボキ。嫌な音がしても土方は涼しい顔をして気にしている様子は無い。沖田は慌ててその後を追いつつ、部下に仕事を続けるように命令した。血まみれのまま銀時と勝手に後部座席に乗り込む土方に、沖田は何か言おうとしたが声が出てこない。なんと声をかけるのが正しいのか、わからないからだ。
「総悟、山崎を呼べ、運転させろ」
「、わかりやした。山崎ィ!」
質問やらなにやらは兎も角後にして、ぐるぐる渦巻く思考をシャットダウンすると言われるままに沖田は山崎を呼んだ。地味な感じの黒髪がひょこひょこ走ってくるのが見える。沖田は説明も後回しで山崎を運転席に詰め込んだ。
数分後、山崎と土方、そして銀時の身体を乗せたパトカーは静かにエンジンをふかして発進した。
「止めろ」
屯所の前で、車内でずっと無言だった土方の口が開かれた。山崎がゆっくりブレーキを踏むと緩やかに門の前で停車する。車から降りて慌てて後部座席のドアを開けると、土方が銀時を抱えて出てきた。日の下で、こうして近くで見れば尚更。隊服とか手だとかに付着した血液が生々しい。
「霊安室は、どこだったか」
小さな呟きをなんとか聞き取った山崎は我に帰り、こちらですと土方を先導する。ひたひた歩く土方はやはり無言で、時折聞こえる小さな、もの凄く小さな笑い声に思わず覗き見るように振り向くと、土方が眠った銀時の頬を触って微笑んでいた。山崎が見たこともないほど優しく、いや、もしかしたら誰も見たこと無いんじゃないかと思うほど、その表情は柔らかい。あ、この人こんな表情もできるんだ。普段の仏頂面しか見たことのない山崎は内心驚いた。
霊安室に着くと、入り口で山崎は制止された。
「俺だけで良い」
そう言った表情は静かで微笑みを含んでいるのに、やはり酷い顔をしている。山崎はぎゅっと拳を胸のところで作って、わかりましたと応えた。後ろ姿が酷く頼りないような、悲しそうで。はっきり言ってしまえば、見ていられない。いつもみたいに怒鳴ってくださいよ。煙草を咥えて、―――そういえば煙草、咥えてなかったなと気付く。扉を閉めることなく中に入って行った土方の様子が確認したくて、恐る恐る山崎は扉の影から部屋の中を覗き見た。
そこに居たのは台の上に乗せられた銀時と、その乾いた唇を優しく啄む土方だった。
つづ…く…!なっげぇなオイ!
イっちゃってる多串君と真実を知らない所為で振り回される人々。